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東京高等裁判所 昭和29年(う)624号 判決

控訴人 被告人 権寧鶴

弁護人 手塚誠

検察官 小西太郎

主文

本件控訴はこれを棄却する。

理由

本件控訴の趣意は弁護人手塚誠提出の控訴趣意書記載のとおりであるからここにこれを引用する。これに対する当裁判所の判断は左のとおりである。

一、論旨の一について

関税法にいわゆる輸入たるには、外国貨物が関税の境界線を越えてわが国内に入り、自由に処分しうる状態におかれたという客観的事実が存すれば足り、その貨物を搬入した者において、それを再び国外に搬出する意図があつたかどうかというようなことは斟酌する必要がないものと解するのを相当とする。昭和二十九年法律第六一号関税法第二条第一号に「輸入」とは外国から本邦に到着した貨物を本邦に引き取ることをいうと定めているのもこの趣旨であるというべきである。これを本件についてみるに、原判決が証拠によつて確定したところによると、被告人は昭和二十八年八月二十日頃香港から外国製腕時計五個を携帯し、航空機で東京都大田区羽田空港に輸送し、所定の通関手続を経ずにわが国内に搬入し、その後同月二十八日前記羽田空港から航空機で国外に搬出しようとしたところを発見されたものであるから、右貨物は八日間わが国内に在つたものであり、従つてわが国に輸入されたものであることは疑いもない事実である。所論は、被告人は当初から本件貨物を日本において処分する意思を有せず、香港から韓国へ運搬する途中、輸送の都合上、一時的に日本国内に搬入したに過ぎない、いわゆる通過貨物であると争つているのであるが、いやしくも外国貨物がわが国内に入つた以上、関税法にいわゆる輸入があつたものと目すべく、事前申告によつて正式に表示されていない搬入者の意思のごときは輸入の観念を定めるについて関係のないものであることは、さきに判示したとおりであるばかりでなく、国際航空輸送を業とする会社の支店の支配人として通関手続にも精通しているとみられる被告人が、いわゆる通過貨物としての申告もせず、積戻の手続もとつていないところからみても、到底本件貨物が適法な通過貨物であると認めることのできないのは明白である。而して輸入貨物には、総て関税定率法に基き関税を課すべきことは関税法の明規するところであるから、原判示外国製腕時計に対して、わが国が関税を課しうることは当然であり、これを逋脱した被告人に原判示のような刑事責任の存することも論をまたない。所論は本件貨物の性格について独自の見解に立脚し、これを前提として原判決を非難するに過ぎないから採用の限りでなく、論旨は理由がない。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 近藤隆蔵 判事 山岸薫一 判事 下関忠義)

控訴趣意

第一点本件の目的物である時計(スイス製ロレツクス男物時計五個、価格八二、四四〇円)金(延棒十二本、二二四〇g一、二〇〇、〇〇〇円)は関税法上、所謂通過貨物であつて、関税の対象にはならないものである。本件の事案は、被告人が釜山から香港へ出張の際時計、金を香港から買入れ釜山へ輸入せんとした途中、日本へ立寄り、日本を出発の際発見されたということである。従つて本件の時計、金は、日本に輸入せんとしたもの(輸入貨物)又は日本から輸出せんとしたもの(輸出貨物)ではないのである。関税法により課税の対象となるのは輸入貨物、輸出貨物であつて、単に某国から某国に輸出せんとする途上に日本に立寄る貨物、所謂通過貨物は課税の対象とならないのである。

本件の時計、金は通過貨物であることは左の理由により明確である。

1 本件時計、金は香港で入手したもので、日本で入手したものでないことは時計買入代金領収書(香港商社発行)金の延棒については延棒に調刻してあるマーク(MACAO BANKERS ASSOOATJON SEALOF CERTIFICATION FOR STAMDAD GOLD 大豊監験 万盛金舗)並に被告人の供述書でも明白であり、この点、検察官も又認めているところである。

2 香港から朝鮮へ直通する船舶、航空機は皆無で香港から朝鮮へ行くのには香港、日本、朝鮮と必ず日本へ立寄らなければならないことは公知の事実である。被告人が香港から日本へ来たのは昭和二十八年八月二十日、日本から朝鮮へ出発せんとしたのは、同年同月二十八日であり、本件物件が日本に在つたのは僅か一週間である。貨物が課税の対象となるのには少くとも、不定の期間国内に引続き存続せしめる意思を持つて外国から貨物を搬入せしめる場合(輸入)又は不定の期間国外に引続き存続せしめる意思を持つて国内から貨物を搬出せしめる場合(輸出)であり、又この両者の場合に限られていることは勿論である。本件の貨物も、被告本人が香港で入手し約一週間日本に滞在し被告本人が日本から持出さんとしている点からみても通過貨物であることは明瞭である。

3 本件の発覚が香港から日本へ出寄るときに発覚されず日本から釜山へ出発する時は発覚した点でも明瞭である。搬入の時ならば、たとへ被告人が釜山へ行く途中でも日本で売却するやも知れず、輸入品とみられても仕方がないが幸い搬出の時に発覚されているからこの貨物も日本で処分する意思のないことは明瞭である。これによつても単なる通過貨物であることは明瞭である。

検察官の起訴状によると時計の場合、香港から日本に搬入した場合を輸入として起訴し、同一物について、日本から釜山へ搬出せんとした場合を輸出として起訴している。X国からY国へ品物を運搬する場合どうしてもZ国を通過しなければならない場合A X国から輸出するとき、B Z国に入る時、C Z国を出る時、D Y国へ入る時と計四回税金を払へという趣旨になり条理に反している。検察官が前述のBCの場合をそれぞれ同時に起訴している事自体が不合理であるばかりでなく本件貨物が通過貨物であることを認め「通過貨物でも課税の対象になる」という見解のもとに起訴して居り甚だ不見識である。被告人は香港から日本へ来た際日本の税関へ通過貨物の旨を届出の義務があつたことは勿論である。被告人の責任はその届出の義務を怠つただけに限らるべきである。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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